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桑原 繭 のエッセイ

ポルトガル − リスボン郊外







 この日は、リスボンの郊外観光に向かいます。

★シントラ★

 シントラは、リスボンから西へ30q、列車だと45分の距離。ロカ岬への観光拠点にもなっている近郊の都市です。
 ムーア人の城跡やポルトガル王室の夏の離宮などの宮殿群が、「シントラの文化的景観」として、世界遺産登録されています。

★シントラ宮殿★

 14世紀にジョアン1世が夏の離宮として建てた王宮で、2本の巨大な煙突が印象的です。
 この頃、ヨーロッパのお城は、城砦としての役目から、宮殿と呼ばれる豪華な建物へ変貌を遂げていく過渡期だったようです。
 16世紀にマヌエル1世が増築したエリアが見どころで、大航海時代に諸国から持ち帰ったものを使った特徴のある装飾は、当時のポルトガルの繁栄を表しています。絵タイルで覆われたアラブの間、モザイクの床でできた礼拝堂、天井に描かれた27羽の白鳥が特徴の白鳥の間、同じくカササギが描かれたカササギの間、中国のインテリアでまとめられた中国の間などがあります。ひとつひとつの部屋を丹念に見て回ることができますが、その豪華絢爛さは素晴らしく、贅を尽くした内装は、当時の富が、いかにすごいものだったのかを物語っています。物を持って帰ったというより、職人ごと呼び寄せたということだったのかもしれません。エキゾチックで、当時としては、外国の珍しいものばかりだったのだと思います。
 1910年、ポルトガルが共和制となるまで、実際、離宮として使われていたそうなので、保存状態は、悪くないと思います。

★ペーナ宮殿★

 岩山の上に建てられたこの宮殿は、1836年、フェルナンド2世が、リスボン地震で荒廃した修道院を再建したもので、ネオ・ゴシック、ネオ・イスラム、ネオ・マヌエル、ネオ・ルネッサンスなどの様式がそれぞれ取り入れられた建物です。
 ポルトガルには、このように何種類もの様式を取り入れた建物が多かったのですが、それらは、増改築をした年代ごとの流行を取り入れた結果でした。この建物は、最初から、いろいろな様式を組み合わせて作られています。イスラム風の扉に、マヌエル様式の窓を付けるなど、ごちゃまぜな感じです。これを、ポップな建物とみるか、悪趣味とみるかは、人それぞれのようです。
 フェルナンド2世は、物語を思い描きながらこの城を建設したようで、30年後に造られたドイツのノイシュバンシュタイン城を思い起こさせるともいわれています。確かに、外観は、お伽話にでてくるようなかわいいお城のようでもあり、色使いといい、空想的な感じがします。
 もちろん、王宮として造られていますので、内装は豪華で、現在でも国賓などを迎えた公的行事に使用されているほどです。

★ムーアの城跡★

 8〜9世紀頃に、ムーア人により作られた城跡になります。アルフォンソ・エンリケスが落城した後、しばらく使用されたようですが、その後、廃墟となってしまいました。山の上にあるので、塔からの眺望は抜群で、山の中腹にあるシントラですが、ここからは大西洋まで眺めることができます。

★コスタ・ド・ソル★

 リスボンの西、テージョ川が大西洋に流れ込むあたりは、太陽の海岸「コスタ・ド・ソル」と呼ばれるヨーロッパ有数のリゾート地です。

★ロカ岬★

 ロカ岬は、有名なユーラシア大陸最西端の岬になります。「ここに地果て、海始まる」は、ポルトガルの詩人カモンエスが詠んだ詩の一節ですが、その言葉が刻まれた石碑が立っています。
 どこの観光地も同じですが、観光案内所では、最西端到達証明書なるものを発行してくれます。
 海岸線は崖になっていて、そこに立つと、本当に、地の果てといった感じですが、荒波の中、世界を目指して、出航していったのですね。ロマンというより、怖い感じがします。