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桑原 繭 のエッセイ

ポルトガル − リスボンその2







 リスボンの観光地を巡ります。

★ベレンの塔★

 ベレンの塔は、リスボン市街地の西部、ベレン地区にありますが、テージョ川の船の出入りを監視し、リスボン港の安全を守る役割の要塞です。16世紀にマヌエル一世が、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見の偉業を称え、建設しました。
 旅立つ船乗りたちを見送り、無事帰還した船乗りたちを迎えた塔で、建物はマヌエル様式、その美しい姿から、テージョの貴婦人とも呼ばれました。実際に見た印象では、すすけた感じだったのですが、白い建物のようです。
 1階は、満潮時には水に浸かってしまう牢獄で、政治犯が収監されていたとのこと。2階には砲台があります。3階より上は、眺めの良い優雅なテラス付の居室になっており、王族の居城だったそうです。現在は、博物館として利用されています。

★発見のモニュメント★

ベレンの塔と約1qの距離のテージョ川沿いに建つ発見のモニュメントは、1940年の国際博覧会の象徴として作られました。過去のポルトガル栄光の時代を表現しています。
 初代のものは、素材が脆かったため、1960年にエンリケ航海王子没後500年の記念行事として、コンクリートで作り直されました。高さ52m、モニュメントの両側には、エンリケ王子はじめ、同時代の探検家、芸術家、科学者など30名ほどのポルトガル人像があります。
 記念碑前の石畳には、ポルトガル人航海者が辿った航路を示す世界地図がモザイクとなっています。世界地図に入った年号は、ポルトガルがその国を発見した年ですが、日本には、豊後の国に漂着した1541年が記されています。日本史的に重要な種子島到着は、その2年後になります。

★ジェロニモス修道院★

 同じく、ベレン地区に建つジュロニモス修道院は、16世紀初めに、大航海時代の富により建てられたマヌエル様式の傑作といわれています。
 エンリケ王子が船乗りたちのために建てた礼拝堂の跡に、マヌエル一世が、ヴァスコ・ダ・ガマの世界一周を記念し、それによってもたらされた膨大な富で建設しました。修道院入口の中央にエンリケ王子の像、聖母マリア教会には、ヴァスコ・ダ・ガマとポルトガルを代表する詩人ルイス・デ・カモンエスの石棺が安置されています。
 修道院内の1辺55mの回廊は、石灰石を使ったアーチ状の柱で有名です。回廊の彫刻は、繊細で優美。修道院の一番の見どころになっています。

★カテドラル★

 リスボンにあるカテドラルは、サンタ・マリア・マイオール・デ・リシュボア大聖堂といいます。 1147年にアルフォンソ・エンリケスの命で建設されました。イスラム教徒からリスボンを奪回した直後ということもあり、当初は要塞の役目もあったようで、強固に作られたため、その後の震災にも耐えることができたとの話もありますが、大半は崩壊して立て直されたようです。
 当初は、ロマネスク様式で、その後、ゴシック様式に改装され、さらにバロック様式が加わり、年代ごとに様々な様式が入り混じっています。リスボン最古の教会として知られています。

★サンタ・ルジア展望台★

 リスボンの下町アルファマ地区を見下ろす展望台。オレンジ色の屋根が続く町並みの向こうにテージョ川を見ることができます
。  展望台の公園に、コルクの木があって、かわいそうに、一部に傷をつけられ、木の内部がむき出しになっていました。でも、確かに、コルクの弾力を感じる木肌でした。ポルトガルは、世界的に有名なコルクガシの生産地で、世界産出量の約50%を占めます。コルクは、この木から剥ぎ取った樹皮から作られるそうです。