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桑原 繭 のエッセイ

ポルトガル − ナザレ郊外









 ファティマに続き、ナザレ郊外の小さな町を巡礼します。

★バターリャ★

 バターリャといえば、バターリャ修道院。修道院以外には、周辺にカフェやお土産物店があるだけの小さな町です。
 バターリャとは、ポルトガル語で「戦い」を意味します。1385年にアルジュバロータの戦いでカスティーリャ王国軍に勝利し、スペインに対するポルトガルの独立を守りました。その歴史に残る勝利を感謝して、建設されたのがバターリャ修道院で、バターリャの町は、修道院とともにできました。
 バターリャ修道院は、ゴシック・マヌエル様式を代表する建築物です。1386年に建設が始まり、16世紀初頭まで続き、その間、7人の王が在位します。2世紀にかけて建設された修道院には、その時々の最先端の技術や芸術様式が使われました。王の回廊は、ゴシック様式の簡素な中に、マヌエル様式の装飾が見事に調和しています。礼拝堂の中央には、ジョアン1世と王妃の墓、エンリケ王子の墓が置かれています。
 また、未完の礼拝堂は、ジョアン1世の息子であるドゥアル1世によって建設が始まりましたが、100年ほど続いた工事は、未完成のままとなりました。ゴシック、マヌエル、ルネッサンスなどの時代時代の様式を見ることができます。
 参事会室と呼ばれる施設には、無名戦士の墓があり、2人の兵士が墓を守って立っています。このスペースは、柱が1本もない様式で有名。建設当初は、天井が落ちるのではないかと懸念されたそう。

★アルコバサ★

 ナザレの東に14q、アルコア川とバサ川が合流するところにできた小さな町が、アルコバサです。この町も修道院とともに誕生した町になります。首都リスボンからは、北にバスで1時間半ほどの位置です。
 12世紀中頃、アルフォンソ・エンリケス王が、イスラム教徒を追い出すレコンキスタに貢献したシトー派修道会に感謝して、修道院を建設しました。 そのサンタ・マリア修道院には、ペドロ1世とイネスの石棺が安置されています。ペドロ1世の石棺は、6匹のライオンに支えられていますが、石棺の細工が見事です。
 当時、王子だったペドロ1世とイネスの恋物語。スペインの姫と政略結婚させられたペドロ1世は、姫の侍女だったイネスと恋に落ちます。スペインの圧力を恐れた家臣たちと王はイネスを処刑してしまいますが、その後、王位についたペドロ1世は、イネスを正統な妻と認めさせ、イネスの処刑に関わった者たちを探し出し、処罰します。愛を貫いたペドロ1世は、イネスをこの修道院に眠らせました。

★オビドス★

 オビドスは、中世の面影を残す「谷間の真珠」と呼ばれる城壁に囲まれた小さな村です。城壁の上を歩いて散策できます。城壁内は、花で飾られた白壁の家々が立ち並びます。
 オビドスの歴史は古く、1世紀頃からといわれ、長い間、ローマ人やアラブ人に占領されていました。12世紀に入り、アルフォンソ・エンリケスにより、ポルトガルが独立し、アラブ人から村を奪回します。
 1288年に、ディニス王と一緒にオビドスを訪れた王妃イザベルは、この村を大変気に入り、オビドスは、王妃直轄地となり、統治は1833年まで続きます。また、一説には、ディニス王が、結婚の贈り物として、王妃に捧げたという話もあるようです。
 村の中心は、サンタ・マリア教会。他には、美術館があり、お城は、現在は、ポウザーダとして使われています。ポウザーダとは、ポルトガルの国営宿泊施設のことですが、古城などの歴史的な建築物を、再利用しているケースが多いようです。