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桑原 繭 のエッセイ

ポルトガル − ファティマ



 ナザレ周辺にも、小さな町がいろいろとありますが、それらを巡る旅は、まさに巡礼です。そのなかでも、最終目的といっても過言ではない、ファティマのご紹介です。

★ファティマ★

 ファティマはキリスト教の聖地です。
 1917年の第一次世界大戦中に、3人の子供たちの前に聖母マリアが現れるという奇跡が起きました。当時は、何もない荒れ地の寒村だったそうですが、その後、バジリカと呼ばれる立派な教会が建設され、今では、沢山の巡礼者が訪れる信仰の地になりました。
 バジリカ周辺の参道には、お祈り用の蝋燭やお供え物、お土産物を売る店が並んでいます。日本でいうと、大きなお寺や墓地の付近には、花や線香などの売店が並んでいるのと同じ感覚です。宗教や所が変われども、人の行動って同じなんですね。
 店頭には、足とか、腕とか、心臓とか、人間のパーツを模った蝋の模型が山積みされていて、参拝者は治してほしいと祈る部位を選んで供えるそうです。その光景は、かなりグロテスク。

★ファティマの奇跡★

 ファティマの奇跡が、他の数々の伝説と違うのは、その一連の事象が、ローマ教皇庁によって公認されているということです。
 子供たちが、最初に、聖母マリアに会った5月13日から計6回、毎月、同じ場所で、会うことになりますが、それを聞きつけた近隣の人々が、その度に集まるようになり、最後の時には、その数は、何万人にも膨れ上がりました。大勢の群集が奇跡の証言者になります。

★ファティマの予言★

 3人の子供たちが聖母マリアから聞いたとされることは、主に3つあるそうです。
 ひとつは、死後には地獄が実在し、現世での罪に対し改心しないと、永遠に地獄に落ちるというもの。
 ふたつ目は、第一次世界大戦はまもなく終わるが、人々が罪を悔い改めないと、さらに大きな戦争が起き、その予兆として光が見えること。実際、第二次世界大戦勃発直前に、ヨーロッパの空に大きなオーロラが出現したそうです。
 3つめは、「ファティマ第3の秘密」と呼ばれ、いまだ、明らかにされていません。実際には、1981年の教皇暗殺事件だったという発表もあったようですが、1960年に発表するはずが、2000年になってから発表されたことや、生き残った3人の子供のひとりが、発表の内容が違うことを提訴したことなど、疑わしい向きもあるようです。「第3の秘密」を明かすことを要求に、ハイジャック事件まで起きています。

★バジリカ★

 バジリカとは建築形式のひとつの名称でもありますが、カトリック教会で、バリジカとは、種々の特権を付与された教会堂の呼称です。
その特権というのは、ローマ教皇の発行する公式文書で規定されていて、主には、一般の教会堂よりも上位の教会堂として扱われるという権利だそう。ヨーロッパを中心に、世界中に1000を超えるバジリカが存在します。
 ファティマのバジリカは、1953年に建てられた新しい教会堂で、中央に塔がそびえ立つネオ・クラシックの建築です。3つの礼拝堂と30万人を収容できる広場があります。教会内は、至って近代的で、信仰心の薄い私には、多少、宗教法人的なビジネスライクな印象も受けました。それでも、教会内の凛とした空気は、十分に、身を清めてくれる感覚に包まれます。聖地ってそんなものでしょうか。
 聖母マリアが最初に出現したとされる5月13日と、最後の10月13日には、大祭が開催され、バジリカ前の広場が巡礼者たちで埋め尽くされるそうです。